小学館
初代女子学院院長を務めた矢嶋楫子の波乱万丈の生涯。
厳しい明治の世、熊本の旧家に生まれた矢嶋かつは、酒乱の夫に再三生命の危機にさらされ、自分から離縁を言い渡す。当時の風潮に反するかつの行いに世間も身内も冷たく、三人の子を置いて単身東京へ行くことに。船旅の途中自らに「楫子」と命名し、強い意志で教師を志す楫子だったが、十歳近くも年下の妻子ある書生との恋愛、出産を経て、人の"弱さ"を痛感する。そして出会ったのがキリスト教だった。
著者・訳者など:三浦 綾子
●三浦 綾子:みうらあやこ●
1922(大正11)年、北海道旭川市生まれ。17歳からの7年間、小学校教師として軍国教育に献身したため、戦後に罪悪感と絶望を抱いて退職。その後、結核で13年間の療養生活を送る。闘病中にキリスト教に出会い、洗礼を受ける。1959年、生涯の伴侶・三浦光世と結婚。1964年、朝日新聞の懸賞小説に『氷点』で入選し、作家活動に入る。一貫してキリスト教の視点で「愛とは何か」を問い続け、『塩狩峠』『銃口』『道ありき』など数多くの小説、エッセイを発表した。1999年逝去。
ISBN:978-4-09402184-4
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